TURNING POINT vol.10

阿部勇樹(MF/22) 「まだ見ぬ景色のために」

結果を残さなければ、一緒に戦ってもらえない

誤解を恐れずに言わせてもらえれば、間違いなく浦和レッズは過渡期を迎えている。

だからこそ、今、敢えてこの男の言葉に耳を傾けるべきだろう。

阿部勇樹——。38歳を迎え、気がつけばチーム最年長の選手になった。

そんな彼には鮮明に覚えている瞬間がある。浦和レッズに加入した2007年のことだ。

「前年にJ1で優勝していたし、移籍してきたときは、『何で来たんだよ』という厳しい目で見られていましたよね。でも、2-2で引き分けた大分トリニータ戦(J1第4節)で、レッズに来てから初めて得点したんです。それも2得点。そうしたら、次の試合から自分の名前をコールしてもらえるようになって。そのとき、感じたんですよね。レッズのファン・サポーターは、どんな選手であっても、周りが納得するような結果を残さなければ、一緒に戦ってもらえないんだなって」

当時に阿部は、こうも思ったと言う。

「ここは、そういうクラブなんだな」

そのときから今日まで、浦和レッズでプレーする責任と覚悟を持って、阿部はピッチに立ち続けてきた。

「ちょっとでも下手なプレーをしたら、その評価というものはどんどん下がっていくでしょうし、だからプレッシャーにもなるけど、それがモチベーションにもなる。一緒に戦ってくれる彼らを少しでも喜ばせたいという思いで、ここまでやってきたし、結果が出ずに、いいプレーができなければ、ブーイングされることも覚悟しなければならない」

帰ってきたという感覚はなかった

阿部が自身のターニングポイントに挙げたのは、浦和レッズを離れた2010年8月から2012年までのレスター・シティ時代だった。

「チャレンジというか、2010年のワールドカップで感じたことをヨーロッパでやりたいっていう思いがあった。向こうに行かなければ経験できないことがあったと思うので、非常に悩んだ時期ではありましたけど、そこでひとつ決断したことは、自分にとってポイントだったかなと思います」

なぜなら、レスターでの経験が、のちに浦和レッズでも活きたからだ。

「向こうでは、試合に出られるときもあれば、メンバー外も経験した。日本にいたら、そうした経験はできなかったかもしれないし、試合に出られずに、悔しい思いをしている選手の気持ちや、試合に出るためにどうしていくんだってところでは、海外の選手も変わらないということを知った。2012年にレッズでプレーすることを決めたとき、キャプテンを頼まれましたけど、そのときにも活きたんですよね。あれから年月が経ち、再び自分がそうした立場になった今、どんな状況であっても、常に準備しなければいけないという姿勢にも、すべてはつながっているんですよね」

ただ、浦和レッズに戻ってきたときの覚悟を聞けば、阿部ははっきりとこうも言うのだ。

「帰ってきたという感覚はなかったんです。うん。全くない」

こちらが目を見開くと、浦和レッズでプレーすることの意味を紐解いてくれた。

「レッズって、やっぱり見ているファン・サポーターの目は年々厳しくなっているし、サッカーを見る目もどんどん肥えてきていると思ったんですよね。
だから、帰ってきたというつもりでプレーしていたら、ダメだなって。2007年に加入したときと同じように、新しいチームに来て、一から認められるようにならなければと。だって、レッズのファン・サポーターは、チームのために戦わない選手は、絶対に認めてくれないし、一緒に戦ってはくれないと思うので。そこは、帰ってきたという感覚はありませんでしたよね。また、プレーで、結果で見せなければ、納得してくれないだろうなって思っていた」

世界を見渡せば、ここより厳しい環境はある

当然のように復帰という言葉を用いたが、本人の意識は全く違っていた。

「一緒に戦ってくれるファン・サポーターの期待もあるだろうし、それに対する責任を見せなければいけないと思った。それは、このクラブでプレーする宿命でもあると思っています。レッズでプレーする意味、重さは、そういったところにも現れていると思うんです。だから、その重みを今、プレーしている選手たちにも個々に感じ取ってほしいなって思う。特に若い選手たちにとっては、プロなることがまずは目標だったかもしれないけど、そこから今度は試合に出るという目標に変わっていく。そして試合に出れば責任も伴うわけで、そこを感じ取ってほしいなって」

38歳になり、自身もコンスタントに試合に出られない状況が続いている。

「試合に出る出ない、メンバーに入る入らない関係なく、練習から全力で取り組んで、しっかりと準備していくことが重要だということを、レスター時代をはじめ、過去の経験で、僕は学び、今もそれを続けている。だって、いつチャンスが来るかなんて分からないじゃないですか。オレなんかは、この先、長くプレーしていくことはないだろうけど、若い選手たちは違う。だから、現状に満足せずにやってほしい。レッズでプレーするプレッシャーもあるかもしれないけど、世界を見渡せば、ここ以上に厳しい環境もある。だからこそ、現状に甘えずにやってほしいなって、自分に厳しく」

阿部自身にも、年齢に、状況に抗おうとする強い思いがある。

「サッカー選手ですからね。誰もがこのままじゃ終われないと思っているだろうし、それは自分も一緒。じゃあ、試合に出るために何をしなければいけないのか。若いころからずっとそれを考えながらやってきた。そこは今の年齢になっても変わらない。毎日、毎日、うまくなりたい、変わりたい、よくなりたいって思いますし、若い選手たちのやる気やがむしゃらさが刺激を与えてもくれる。そうした気持ちなくして、僕らの成長もないと思うし、その相乗効果がどんどんチームを大きくしていくんだと思う。だからこそ、若い選手たちには、僕ら年齢が上の選手たちに、もっと、もっとパワーを与えてほしいなとも思うんです」

ひとつになったらどれだけの力を発揮するのだろう

ひと言で阿部を表すならば“寡黙"。
キャプテンマークを巻いていたときもそうだったが、必要以上に前に出ることはしない。試合後の取材エリアにおいても、勝った後は「他の選手が目立てばいい」と素通りすることも多い。一方で、「必要なときに自分が出ていけばいい」と言うように、負けた後は必ずといっていいほど立ち止まる。

まさに「ここぞ」というときに、阿部は力強いメッセージを発信してきた。

それで思い起こされるのは2015年のことだ。ゼロックススーパーカップも含め、公式戦3連敗となったAFCチャンピオンズリーグ対ブリスベン・ロアー戦のあとだった。

ひとり遅れて、ゴール裏へと挨拶に行った阿部は、ファン・サポーターに向かって“珍しく"叫んだのである。

「オレたちやるからさ。だからさ、一緒に戦ってよ!」と……。

当時を振り返り、阿部はこう回想する。

「あのときは、温かい言葉を掛けてくれる人もいれば、熱くなって檄を飛ばす人もいて、選手も選手で熱くなっている人もいれば、本当にどこかバラバラな感じがしたんですよね。ひとつになってないなって。
クラブ、選手、ファン・サポーターを含めて、やっぱり、ひとつになったときのレッズって強いし、タイトルを獲ったときはまとまっていたと思うんですよね。だからこそ、これだけアジアでも知られるクラブになったと思うんです」

そして、阿部には見たい景色がある。

「応援してくれるファン・サポーターも含めて、浦和レッズは、関わる人が日本で一番多いと思うんです。それだけの人たちが、ひとつになったら、どれだけの力を発揮するんだろうって思うんです。まだ、そのすべてを僕は見られたとは思っていないので、楽しみでもあるんですよ。もっと、もっと、ひとつになれると思っているし、そこにもゴールってないと思うから」

J1で残留争いを強いられている今シーズンについて聞けば、こう心境を吐露する。

「ファン・サポーターの人たちにとっては納得のいかないシーズンだと思います。でも、今の結果、現実を、選手もクラブもしっかりと受け入れて、この先どう変わっていくのかというターニングポイントになるような時期にしなければいけないと思うんですよね。これまで素晴らしい雰囲気や気持ちを共有した時期もあれば、今年のように、うまくいかなかったところや悪かったところをお互いに共有したシーズンもある。でも、この先、浦和レッズがひとつになったときのパワーにつなげていくためにも、シーズンの終わり方というか、来季に向けたいいスタートになれるように、しっかりとJ1に残留できたらと思うんですよね」

過去には戻れない。進んでいくしかない

0-2で敗れたACL決勝第2戦を終えたミックスゾーンでは、やはり記者の呼びかけに足を止め、丁寧に答える阿部の姿があった。だから、こちらも声を掛けると聞いた。この苦い経験は、選手たちの責任と覚悟にどう活かされていくのかと——。

「今日の試合に勝って、チャンピオンになることで、浦和レッズでプレーする責任を感じてもらうことがベストだったと思うけれど、すごくいい相手と対戦できて、悔しいですけど、この悔しい経験を、僕も悔しいし、各選手がそう思っていると思うけど、その周りにはもっと、もっと戦ってくれていた人たちがたくさんいたということを感じ取ってもらいたいかな。それが責任だったり、背負っている重さになっていく。
それは自分も含めて、どの年齢になっても感じなければいけないし、忘れてはいけないと思う。だから、若い選手が、それを少しでもこの試合で感じたのであれば、今後に活かしてほしい。それをどこで発揮するかと言えば、残り2試合のリーグ戦になる。今日と同じくらい大切な試合になるから。この経験を活かすにはもってこいの場所になる。
今日の試合を振り返って、ああしておけばよかった、こうしておけばよかったと、それぞれ思うかもしれない。でも、そこには戻れない。進んでいくしかないから。今日の試合で感じたことをどう次の試合で見せていくか……でも、本音を言えば、勝った中で、それを感じさせてあげたかったけどね……」

浦和レッズにとって、阿部にとって、2019年シーズンも残すところ2試合。ただ、すべてはつながっていると話してくれたように、悔しさを味わったACL決勝が、これから迎える2試合が、未来への一歩であり、二歩になる。そして、その先には、きっと、ひとつになる瞬間が待っている。

(文・原田大輔/写真・近藤 篤)