着信履歴を見て、月曜日の夕方に彼から電話があったことに気づいたのは、水曜日の夕方だった。 まあたぶんあのことだろうな、と思いながら掛け直した。 何回かの呼び出し音の後、はい、もしもし、とちょっとしわがれた例の声が聞こえ、あとに続いたのは予想通りのセリフだった。引退することにしたよ。 2年前の彼からの電話をふと思い出した。あの時は「引退する」ではなく、「岐阜に行く」だった。 その岐阜から戻ってきて一年、次に行ってみようかなと思える場所がもうないことは、僕にもわかった。そっか、おつかれさんでした。こちらとしてはそれが精一杯の答えだった。 それにしても。なんで宇賀神友弥はいつも、あまり聞きたくないし、人にも話せないニュースの時だけ電話してくるんだろうか? その宇賀神友弥と直接話をすることができたのは11月の最後の週の木曜日だった。 僕はレッズのカメラマンをもう長い間やっていて、彼が入団してきた年からずっとあいさつ程度の会話は交わしてきた。でもこうやって長い時間、一対一で話をするのは初めてだ。そもそも、サッカー選手とカメラマンの間に共通の話題はそれほどない。本人が引退するときを除いては。 大原サッカー場のクラブハウスの片隅で、僕は彼に聞き始める。 ―明日引退を伝えようって決めたのはいつだったの? 「10日前くらいかな」 ―本当に? 「三週間前くらいまでは、現役を続けるかどうか悩んでたんだけどね。そのあとクラブから、選手としてはもう今シーズンまで、と言われて。その瞬間から、他のクラブに行ってプレーすることはないな、このクラブで今終わるのがベストなんじゃないかって」 まあ引退はどんな選手にでも必ず訪れるしね。 「この1年間、試合に出るために全てをぶつけてきた。このクラブのためにって想いは強かったから、やりきったよね。で、自分の力はここまでだったんだなって。今シーズンは試合に出てないし、プロサッカー選手はピッチに立たなければ価値はない。」 15年間、あっという間だったね。 「あっという間過ぎだよね。阿部ちゃんに引退しますって言ったら、お前と初めて練習したときのことが昨日のことのようだなぁって。初めて練習参加したとき、阿部ちゃんが、俺みたいなやつからでいいからどんどん話して、コ...


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