いったいこれから誰に頼ればいいんだろうか? 4ヵ月前、埼玉スタジアムで開かれた興梠慎三の引退会見、控え室でスーツに着替える興梠慎三の姿を写真に撮りながら、僕が考えていたのはそのことだった。 ゴールを決めた数はJリーグ歴代2位、ACLでの日本人最多得点、興梠慎三がこれまでに浦和レッズとともに残してきた数字は、彼の偉大さを雄弁に物語っている。 けれど、数字には残っていないプレーにこそ実は興梠慎三の本当のすごさがあるような気もする。 いつのシーズンだったか。僕はある試合で90分間、ファインダーの中で興梠慎三だけを追い続けたことがあるけれど、あれはとても興味深い体験だった。たとえば彼が前線でパスを受けた後のタメる時間だったりとか、相手DFを引きつけるためのフリーランとか、あるいは何気なく逆サイドへさばく簡単そうに見えるパスだったりとか。 (あと一試合しか残っていないし、彼が出場するかどうかもわからないけれど、もし出たらそんな見方をするのもいいかもです) とにかく、興梠慎三という存在は僕たちにとっては、いつも困ったときになんとかしてくれる男、だったし、きっと相手にとっては、いつもなんかされそうなやつ、だったんじゃないかと思う。 そんな男がいなくなるのはやっぱり困るから、僕は記者会見当日、埼スタの控え室でネクタイを結び直す彼に向かってもう一度だけ聞いてみた。 「やっぱり、やめるのはやめようとか、そういう気持ちはないの?」と。 「ない、ない、ない!」 興梠慎三はいつものようににこりと笑うと、ジャケットに腕を通し、会見場へと続く廊下を歩き始めた。そっか、やっぱそうだよな。いくら興梠慎三といえども、永遠にサッカーを続けられるわけじゃない。 2024年12月3日、その日はシーズン最後の公開練習日だった。僕はさいたま新都心駅で電車を降りると、けやき広場を抜けて大原の練習場までの道を歩き始める。時刻は午前9時、アスファルトには秋の終わりというより、春の初めのような暖かな眩しい光がさしていて、あゝ、今から2024年シーズンが始まればいいのに、と心から思う。(あんま結果は変わんないか) 実を言うと、引退する前の興梠慎三のポートレートは、その数日前に撮らせてもらってはいた。試合用のユニフォームを着て、赤い背景紙の前で。でもいつもと同様、この人の写真を撮るのは難しかった。なぜなら興梠慎三はいつも同じ顔しかしないから。別に表情がないわけじゃない。かっこつけてくれとこちらが頼めば、かっこいい顔をしてくれる。笑ってくれといえば、笑ってくれる。(入団してしばらくは、あまりうまく笑えなかったから、そこは大きな進歩だ) でも毎回そこには同じ興梠慎三しか写らない。なぜなら、彼には表裏がないから。 練習は9時半過ぎに始まった。まず全員で軽いジョギングがあり、そのあとにインターバルトレーニングが続いた。平日にも関わらず、シーズン最後の練習、というよりはきっと興梠慎三と宇賀神友弥の最後の練習を一目見よう...
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